J. G. バラード「沈んだ世界」



太陽の自転周期か何かの変調のため地球の気温が上昇し、北極の氷が溶け始めたために海水面が著しく上昇した世界では、今まで人間が住んでいた世界は次々と水没してゆき、人間は極を中心とした狭い範囲にしか生息できなくなる。そのような世界の中で、以前ロンドンだった泥沼を調査しに来た男と、そこに住む女と、その水没した街を略奪して回る海賊の話。

話はとても単純。調査隊から離脱して、熱帯の泥沼と化したロンドンにとどまる二人の男と一人の女の前に海賊が現れ、いろいろな騒動に巻き込み生命の危険も生じさせる。しかし、すんでのところで調査隊の助けが入り海賊の暴虐から逃れることが出来るのだが、また主人公の男は南をめざして旅立ってしまう。論旨を書いてみただけではどう読んでも面白そうではないのだが、これはぼくのまとめ方に問題があるから。不思議と物語の世界に入り込み、淡々とした筋書きなのになぜかどきどきしてしまう。その理由は、おそらく異常なまでに描写が生々しく、現実感が溢れるからか。これは決して細密な描写とか、構築的な描写をしているという事ではなくて、すごくぐっと来てイメージが感じられるような、なにか心に直接静かに語りかけるような、そんな語り口がある。椎名誠の「水域」や「武装島田倉庫」にも似た雰囲気があるが、それほど機械的でも陽気でもSF的でもなく、極めて異常な設定なのに日記を読んでいるような感じ。この感覚は、とても好き。でも、これを人に勧める気にはならないなあ。普通はこういう小説は、淡々としすぎていてつまらない、って思う気もするんだよなあ。