山田正紀「ミステリ・オペラ 宿命城殺人事件」

太平洋戦争末期、満州国にたてられた「宿命城」で、不可解な密室殺人事件が起きる。この場面を始まりとして、なぜこのような事件が起きるに至ったか、その発端から淡々と物語は進行する。また、この物語は、平成元年において、伴侶が不可解な飛び降り自殺を遂げてしまった女性が、彼の自殺の同期を知るための探求の中で発見した書物に描かれるという構造で語られる。この二つの大きな物語の中に、南京大虐殺モーツアルト魔笛、「検閲図書館」と黙忌一郎、作中小説として語られる「宿命城殺人事件」やそのモチーフとなったと思われる小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」、エヴァレットの平行宇宙論や五族共和のプロパガンダなど、めまいのするようなエピソードが挟み込まれ、結果として物語は極めて幻想的に幕を閉じる。

僕が山田正紀を初めて知った本。文庫で再版されたため、久しぶりに読んだが、やはりこれは傑作。物語自体は破綻している。様々な不可思議な事件に与えられる解決は、ほとんどレトリックの世界でしか成立せず、推理小説としては成立していない。また、様々に仕掛けられた伏線は次々と爆発してゆくが、あまりにも思わせぶりなため良く意味が分からない。しかししかし、これは面白い。説明は難しいのだが、一つにはモーツアルト魔笛の不可思議なストーリーが、物語の中で非常に効果的に使われ、力強く背骨のように作用していることがある。また、「真実」と事実に向き合う登場人物の姿勢は、強者によって語られる「真実」と虐げられたものによって実感される事実の落差を、物語の至る所で感じさせる。ここでは「ミステリー」が脱構築されるだけではなく、「歴史解釈」や「真実」の意味が脱構築され、またそれを単に相対主義の海に放り込んでしまうのではなく、蛮勇をふるって一つの祈りにも似た「物語」に回収してゆこうとする、山田正紀の奮闘が立ち現れている。文庫で上下巻二冊組、文章は流麗だが語り口には非常にくせがあり、物語自体も何とも説明がしがたいような破格のもので、誰にでもお勧めできるとは言い難い。小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」や中井英夫の「虚無への供物」を好んで読むような物好きにしか、面白くはないかもしれない。しかし、これは間違いなく、最近の小説の中では、その異様な極端さと言う意味で、突出した出来である。