倉知淳「猫丸先輩の空論」

猫丸先輩の空論 (講談社ノベルス)

猫丸先輩の空論 (講談社ノベルス)

小柄で子どもっぽい30男、猫丸先輩が、他人の悩みやトラブルに次々と介入し引っかき回す。

倉知氏は東京創元社の「日曜の夜は出たくない」という短編集で猫丸先輩と共にデビューした作家だが、初めて読んだときにはその筆致の鋭さと、なにか物事を丸く収めないやるせなさにとても爽快な思いをした。その後、「過ぎゆく風は緑色」という長編でも猫丸先輩を登場させ、探偵小説の探偵役というよりはむしろトリックスターというか、狂言回し的な役割を演じさせることで、非常に演劇的な物語を静かに作り上げ、これまたおもしろかった。その後「壺中の天国」では、都市伝説と分裂症的な登場人物を融合させたサイコ系推理小説とでもいおう世界を作り上げ、ああ、これは凄い人が出たなあと思っていた。のだが。なぜか講談社のノベルスで書くようになってから、めっきりよろしく無い。今回の短編集も、いわゆる「謎」も謎としての成立すら危うく、それば物語的に回収されているのかと思いきや全く放り出されてしまっている。猫丸先輩のキャラクターも分裂気味で、とても素敵でないばかりか明らかに異常性が感じられ薄気味悪い。成り立たない物語は登場人物の妄想や独り言や明らかに無駄な会話文で埋められ、いやおうなしにこちらの読む速度は加速する。これが講談社の方針なのか、それとも作者が「本格推理」に飽きてしまったのか。だいたい表紙が唐沢なをき氏というところも気にくわない。唐沢氏が嫌いというわけではないが、なにかこの「路線」に一生懸命出版社がのせようとしているという雰囲気が嫌だ。東京創元社で表紙が朝倉めぐみ氏だった頃の方が遙かに良かったと思うのは、果たして偶然か。