フレッド・ヴァルガス「死者を起こせ」

死者を起こせ (創元推理文庫)

死者を起こせ (創元推理文庫)

主人公は三人の歴史学者石器時代と中世と第一次世界大戦の研究者たちが、色々うまくいかなくて共同生活を始める。そこには中世歴史研究者の叔父である元警部の老人も加わる。そのような状況下で、隣人の元オペラ歌手が謎の失踪を遂げ、暇でろくでなしの三人と元警部の老人が調査を始める。

粗筋を読んだ限りでは、これは面白いに違いないと思った。生活に苦しむ学者、それも三人。加えて元警部の老人。これは面白いに違いない。と思って読んだのだが、久しぶりに見事に期待を裏切られた。爽快なまでにつまらない。でもこう書いた以上、理由を考えなくては。一つには、まず翻訳に疑問が多すぎる。おそらく原文はかなりリズムの良い、歯切れの良い文体だったと思うのだが、翻訳ではかなり一本調子に日本語化されていて、ぎこちない。また、文法上の日本語とフランス語の違い、またそれによって生じてしまう違和感が全く処理されてなく、まさに違和感だけが残る。例えば「彼は」と指示された人間が、次のセンテンスで固有名詞で呼ばれる。これは混乱してしまうし、正しい訳だとは思うが文章として適切な訳だとは思えない。また、小説自体もかなり疑問。これがフランスの近現代文学なのかもしれないが、戯画的にすぎのめり込めない。また、第一次世界大戦のメタファーが多すぎ、理解出来ない。作者は歴史学が専門とのことだが、おそらくだからこそ「推理小説」というジャンルの枠組みにこだわったと見えて、非常に構成が単調。また、主たる登場人物の推理には全く論理性も説得力も無く、むしろ思いこみと論理的ではない「議論」の組み立てが、人を冤罪に追い込む過程の様に感じられ、正直言って不愉快。少しでも社会科学の素養があれば、観察からは「AならばBである」という論理の矢印は、決して証明できないと言うことは常識のはずなのだが。まあ、いろんな本を手当たり次第に読めば、このような経験もたまにはあるのです。