町田康「浄土」

浄土 (講談社文庫)

浄土 (講談社文庫)

表紙の写真には衝撃を受けたのだが、今まで未読。街をさまよいながら占い師に不吉な予言をされる「犬死」、ビバ!カッパ!と叫びながらどぶをさらう内に異世界に旅立つ「どぶさらえ」、「凄い」男が殺される「あぱぱ踊り」、本音の「本音街」、中野に怪物が住み着く顛末を描く「ギャオスの話」、古代日本に森ビルがそびえ立つ「一言主の神」、使えない同僚の死に様を淡々と描く「自分の群像」の計7編収録。


物語は特にない。すべての物語は非現実的で、幻想的なのだけれど生々しさを持った世界で繰り広げられ、起こる事々は極めて理不尽で脈絡がない。ほとんどの話は主人公が何を考えているかさえも分からず、始めのうちは物語がいま語られていることに強い違和感を感じる。でもちょっとまいったよ。妙なことばのビートとグルーブ感、そして物語終盤にかけての突然の盛り上がりとそれをぶちぎる結末は、かなり気持ちがよい。「自由な」フリージャズやモダンジャズって聴いていても全然つまらないのだけれど、練り上げられてお互いの響かせどころをよく知ったジャズセッションのインプロビゼーションは、やはり聞き手を深く捕まえる力がある。この人の文章は極めてアドリブ的な感じもするのだが、一方で極めて繊細に構築されていて、とても好感が持てる。「どぶさらえ」は最初は何事かと思いながら読んだが、読み終えた瞬間は嬉しくて笑いそうになった。この人、言葉の響きを丁寧にデザインしている感じがあるなあ。非常に毛深い感じがして良い。「森ビル」でおそらくヒルズをぶちたてた「一言主」も笑ったが、「自分の群像」も笑えなくて良かった。救われない話のわりに終わり方が清々しくて良い。