山田正紀「長靴をはいた犬 神性探偵・佐伯神一郎」

女性が殺される事件が起こるが、当初犯人と目された男はその拘留中に同一犯と思われる殺人事件が起こり公判は中止、担当の刑事は休職扱いとなり事件現場をさまよう。そんななか、元検事のホームレスは神の声を聴き、前述の刑事と、犯人と目された男の担当精神科医と共に事件の最後を見届ける。


前作「神曲法廷」では、本作ではホームレスとなった佐伯という男の検事時代の事件が扱われ、そこで佐伯はダンテの神曲にのめり込みつつ精神の安定を崩し、自ら統合失調症の初期状態と感じながら「神」の声に操られて事件を解決する。本作では主人公の佐伯の精神状態はある種の安定を取り戻すのだが、相変わらず幻視と幻聴は止まらない。その幻聴に操られるように、佐伯は次々と重要な手がかりを探し出し、事件に説明を与えてゆく。推理小説としては素晴らしく破綻している。探偵は推理せず、ただ幻聴に操られるだけ。事件の説明についても、主人公は祈りにも似た説明を行うが、精神科医は科学的な見地から彼の説明を一蹴し、結局よく分からない。でもこれが面白いんだ。無駄にそれらしく理屈付けされたものより、あくまで事実の多重性を認めようとする構成は、最終的に物語にある一定の救いをもたらす。それが極めていかがわしい物であることも提示しながら。物語の舞台が近所なのも面白かった。なんでこんなところを舞台に選んだんだ?