田中啓文「笑酔亭梅寿謎解噺」

笑酔亭梅寿謎解噺

笑酔亭梅寿謎解噺

素行の悪さに行く末を心配した教師から噺家の家に住み込みを共用されたモヒカンの不良高校中退生が、アル中で人格破壊者の師匠の鞄持ちをする内に次々と殺人事件を含む不思議な出来事に遭遇し、なぜか抜群の推理力で事件を解き明かしてゆく短編集。

田中啓文といえば、「蹴りたい背中」が出版された直後に「蹴りたい田中」という小編集を出版して以来、僕の中ではとても笑って見過ごすことの出来ない作家になってしまっている。しかし彼の致命的な欠点は、小説しか書かないくせに小説が全く面白くない事なのだが、これだけはとても面白かった。なんというか、全てがパロディーみたいなもので、落語にまつわる探偵話と言えば「七度狐」などが思い浮かぶし、自分の推理を師匠の手柄とするために師匠から聞いたという形式で語るところはなんとなく「名探偵コナン」みたいな感じもする。でもよくまあ、落語を知っているし、おそらく落語が本当に好きなのであろう。しかもそれが不良少年の生き方探しの青春小説と、それにまつわる人々の自分探しの世界とあいまり、見事の気色の悪いいかがわしい世界が成立している。それでいて物語が崩壊せず、危うい緊張感を持ちながら最後まで読ませる構築力は見事。いつもいつも物語が崩壊してしまい、最後は惰性で読ませるのがこの人の小説だと思っていたが、これは期待を見事に裏切られた。