R. F. ジョンストン「紫禁城の黄昏」

紫禁城の黄昏 (岩波文庫)

紫禁城の黄昏 (岩波文庫)

これもpiojo氏おすすめの一冊。普段いかがわしい本ばっかりなので、岩波の青文庫なんてどきどきしたよ。内容は、中国の清朝が事実上支配権を失い、中華民国の支配のもとに形式上生き延びていた時期の、廃帝溥儀の家庭教師に任命されたイギリス人である著者が見聞きした事々をつづった手記。

これまた凄いね。基本的には中国の伝統文化に深い関心と「理解」と敬意を持つジョンストンが、皇帝溥儀に心を引かれつつ、形式上生き残っている清朝の堕落に目を覆い、同時にそのときの権力者達の争いを極めて醒めた目で描写したもの。このような「歴史書」を読むと、今更ながら「歴史」や「事実」は、それを描写するもののまなざしの発するところによって、いかようにも構成されうるということが強く強く感じられてならない。例えばジョンストンは本文中で極めて無邪気に廃帝溥儀の人柄を褒め称え、かつ自分がいかに優れていた教師であったか、また政治的にどれだけ敏感であったかを得々と描くのだが、溥儀がその後書いた「我が半生」の中でジョンストンは、口だけで役に立たない男としてかなり冷淡に描かれている。しかもこの「我が半生」自体が、中華人民共和国の国策の一環として、ゴーストライターによってかかれたものとされるからますますわからない。ではジョンストンの立場がそれなりに正しいのかというと、とてもそうとは思えない。彼は一生懸命この最後の皇帝を助け、中国の良き将来を守ろうとする、もしくはそのように自分を描くのだが、そもそも彼の立場は清国を滅亡に追いやり、その後も搾取し続けた大英帝国の立場に大きくよっている。この「事実」と「真実」の錯綜の仕方は、まるで小説のようで、下手なミステリーでは決して描き得ない、ある種の世界が極めてあからさまに提示され、心地よい。