山田正紀「阿弥陀(パズル)」

婚約まで考えた男女二人が深夜残業のあとビルの12階から1階まで降りる。そこで女性が忘れ物をしたと言い12階に戻るがいつまでたっても帰ってこない。この出来事の場に居合わせたビルの警備員が風水火那子と名乗る少女とこの謎を解きほぐしてゆく。

山田正紀氏が妙な乗りというか、グルーブ感を持っていたときの作品。基本的にはいわゆる王道のミステリー、つまり特殊な状況が成立した過程を、珍妙な特殊解でもって説明するというものだが、この人は本当はミステリーには興味がないのではないかと思ってしまうくらい、次から次へと探偵役の推理すらも却下してしまう。いろいろな予断や思いこみは、次々に現れるおかしな登場人物や出来事によって勢いよく脱臼されてゆき、気持ちが良いくらいに論理性や整合性がどうでも良くなったときに、力の抜けるようなくだらない結末が待ちかまえる。しかし、これが異常に面白い。推理小説ってある特殊な状況を成立させる抜け道みたいな条件を、ほとんど技術的なレベルで解説するというものだと読む人も、書き手も思うのかもしれないが、少なくとも僕の好きな「推理小説」とはそのようなものではなく、なぜか自己言及的な構造の中で真実や事実と呼ばれるものの不確かさがだんだんと明らかになってゆく、というものなのです。その意味で、やはりこの作品は非常に楽しめた。