谷崎潤一郎「武州公秘話」

武州公秘話・聞書抄 (中公文庫)

武州公秘話・聞書抄 (中公文庫)

戦国武将の一人であった武蔵守輝勝が、どうして異常性欲に身を任せるような生き方を選ぶに至ったのか、その幼少期から青年期までの行状を二人の観察者の記録から読み解くという形で書かれた小説。

言わずとしれた変態作家谷崎潤一郎の傑作の一つ。一度読んでのけぞるほど驚愕したものの、文庫は手に入らないし全集で読むのも何か気が重く、誰かに勧めたいと思っても難しかったのだが、中公文庫での「挿絵入り谷崎潤一郎の本」という文庫シリーズでこのたびめでたく復刊。とにかく奇妙な話で、まず漢文で始まる。一ページほど続いた後、目録という形で目次が示され、そしてようやくお話が始まる。内容はある種変態趣味をそれらしく、お上品に、しかも歴史小説としての多少敷居の高い調子で書いたもので、よくよく考えると子どもっぽい。主人公は幼少期に戦場で討ち取られた首が、主に見せられる前に女の手で汚れを落とされ、化粧をされるのをみ、かつその中の鼻のそぎ落とされた首(女首と呼ばれる)に異常な執着を寄せる。そして自分もその首になりたい、もしくはその光景を再現したいと思いつつ成長してゆく。この過程において起こる様々な事々をまとめたものが本作品の骨格なのだが、面白いのは主人公の熟成しきった後の乱交ぶりが幾度もほのめかされるが、結局最後までその実態は語られず、青年期で突然物語は終わるところである。おそらく作者が飽きてしまったのだろう。挿絵はなかなか趣がある。こんなものが連載されていた「新青年」という雑誌は、今で言うとどのような雑誌にあたるのだろうか。こんなものをみんなが読んでいたのだとすると、現在より遙かに風紀は乱れていたとしか思えない。素敵な時代だ。