石黒達昌「新化」

新化 (ハルキ文庫)

新化 (ハルキ文庫)

北海道の山の中で小さな羽の生えたネズミが2匹発見され、「ハネネズミ」と名付けられる。しかし、それ以上の個体は発見することが出来ず、またその2体も謎の死を遂げる。この不思議な生物の生と死の意味を、論文の報告調に書いた作品。

2編の中編からなる。一つめの話は無題(実際には書き出しの数十文字をタイトルとした)で横書き、しかももっともらしいがすべて嘘っぱちの図版や写真をちりばめた形で発表され、芥川賞を受賞した。二つめの話はその後日談である。これはハルキ文庫で再版されたもので、縦書きに統一され、おそらく図版もいくつか削られている。最初の形の方が全然良かった。極めて正確さを重んじる論文の解説口調で嘘っぱちな話を書くところが一番痛快だったのに、妙におとなしくなってしまっていてつまらない。そうすると物語自体の力強さもずいぶん失われてしまった気がする。この作者は医学部卒の現役臨床医兼癌研究者とのことで、生物が生き、死ぬということに、妙に冷たいまなざしをもっているらしく、それが物語の所々に顔を出しているから好きなのだが、このような体裁になってしまうと、その主張が全面に押し出されすぎて気恥ずかしい。それでも作品自体の出来は、なぜここまで評価されないのかと思うくらい素晴らしいのだが。