森巣博「無境界の人」

無境界の人 (集英社文庫)

無境界の人 (集英社文庫)

オーストラリアのカジノで出会った日本人ヤクザ「やっちゃん」との出会いと別れまでの軌跡を軸に、なぜか日本人論が展開される奇書。

私にとっては怪人森巣の三冊目の本。これもまた壮絶に面白い。まず構成がおかしい。「やっちゃん」とカジノに行って負けたり勝ったり、最後にはトラブルに巻き込まれた「やっちゃん」のために大一番を張るという、ある意味わかりやすいカジノ物語が展開される一方で、かなり突拍子ととりとめがなく日本人論が展開され、渡部昇一氏がくそみそにけなされるにとどまらず、ベネディクト・アンダーソン酒井直樹ウォーラーステイン、花崎皋平諸氏のような現代の知性の最高峰のような人々の思考が参照されてゆく。こんなに不思議な読み物は、他にはちょっと思い出すことが出来ない。で、物語として面白いのはやはり「日本人論」の方で、森巣氏の主張は明快である。結局は、「「日本人」なんて存在しない。山ほどある「日本人論」なんていつもその場でのでっち上げ」というものだ。本書では驚くほど分析的に、「日本人」という概念が中世からどのように恣意的に定義され、またその定義がいい加減に変位していったのかということが示される。これが結構共感できる。だいたい「我々日本人」など言う人がいるが、私は別にあなたと一緒の分類に属したくないし、属すことを強制されたくなんて無いと思うことが良くある。こう思うことで私が非典型な「日本人」だと認定されるとした場合、では「日本人的」でない私はどのような存在になるのか(「日本人」ではない?)、また典型的な「日本人」が存在するのか?できれば見せてほしいもんだと思うのだが、同じようなことを本書で森巣も主張していて、こう思うのは私だけでは無かったかと安心した。