姜尚中・森巣博「ナショナリズムの克服」

ナショナリズムの克服 (集英社新書)

ナショナリズムの克服 (集英社新書)

在日朝鮮人で東大教授である姜尚中と、19歳で競馬で一山あててその後国外を放浪し現在はオーストリアで博打打ち兼作家業を営む森巣博の、ナショナリズムというよりは「国境」という境を持たない生き方についての対談。

あまりにも森巣博という人物が怪しくて手を取るのが遅れていたが、知人が抱腹絶倒の快著だと絶賛していたので購入。その通りだった。森巣博という人は、上述の通りやはりあまり良くわからない人で、自分のことを「チューサン階級(知識レベルが中学校三年生並みとの意)」と自称し、あくまでわかりやすい言葉で疑問を姜尚中に投げかけ、その疑問に姜尚中がややうろたえつつこれもわかりやすく答えてゆく。森巣の疑問は明快である。石原都知事の「三国人」発言や、メディアのそこここに見られるようなレイシズムナショナリズム的言説が、なぜ日本国内において年々ひどくなり、それにメディアが無感覚になっているのか。基本的には、この疑問に代表される自分たちを「特殊」な枠組みの中に置き、それを一段持ち上げながらその外と中を分けていこうとすることのおかしさを、森巣が多少過激ながらも実感のこもった方法で、姜は自分の過去を振り返りながら珍しくわかりやすい言葉で、語り合ってゆく。姜は相変わらず冷静で誠実な言葉を重ねるが、森巣の発言がとても良い。以下は要旨だが、「コンプレックスの強い人が留学すると、とたんに強烈なナショナリズムが発露されることがままある」、「戦争責任について、被害者への謝罪も補償もサボって、加害者だけが勝手に癒されていいわけがない」、「「新しい歴史教科書を作る会」がいうように日本の文化が日本人にしかわからないのならば、それは日本人にもわからないはずだ」、「ちんぽこで障子紙を破ったという作品で著名になった人間が政治の世界に進めばロクなことにはならないと密かに憂いていた」、等々。この森巣と言う人は「チューサン階級」と自称する割には、極めて学識が深く、アンダーソンやハルトゥーニアンはもちろん、よくわからないような社会学者・政治学者の議論を次々に解説し始める。そのくせ20代は「セックス・ドラッグ・ロックンロール」で実に楽しかったなどと朗らかに語る。こんなすてきな日本人がいるなんて、悪くない。もしやと思っていたが、テッサ・モーリス・スズキ氏の旦那のようだ。