松尾由美「バルーンタウンの手毬唄」

バルーン・タウンの手毬唄 (創元推理文庫)

バルーン・タウンの手毬唄 (創元推理文庫)

ブログとは他人に聞こえるようにつぶやく独り言のようだ。周りから見れば、発狂しているかのように見えているに違いない。

それはさておき。いつもおかしな設定で「本格ミステリ」を明るい悪意で笑い飛ばしているかのような松尾由美の「バルーンタウン」シリーズ第三弾。人工授精と人工分娩により、母体を経由した出産が極めて稀になった近未来、好きこのんで伝統的な出産形態にこだわる母親のために作られた特別区「バルーンタウン」でおきる怪事件の数々。短編が四編収録されているが、その内の三編はミステリーの古典の本歌取りで、残る一編はミステリー作家が自作を主人公である女性の翻訳家に語るという趣向。極めてマニアックである。本歌取りされるのは横溝正史の「悪魔の手毬唄」、アイリッシュの「幻の女」、ハリイ・ケメルマンの「9マイルは遠すぎる」で、横溝以外は読んでいないので全然わからないが面白かった。とにかく誰も死なず事件も事件と呼べるような物はあまり起こらない。横溝を本歌取りした「バルーンタウンの手毬唄」では、睡眠薬を飲まされた妊婦が、産のための手毬唄の内容に沿っていろんなポーズをとらされるという事件が相次ぎ、その結末は乾物屋のオヤジとファーストフードチェーンの社長の娘の争いに起因する物だったりする。とにかく全編がこのような感じで、ミステリについて小説の中で言及するようなマニアックな構成はあるものの、基本的にはおかしな登場人物が入り乱れるなかでおかしな事件があっけらかんと起こっては収束するという、極めてまっとうに楽しい読み物。松尾由美といえば、最初の頃はジェンダーという視点で多少ひねった、当たり前とされることのおかしさを批判的に小説に反映する書き方をしていたと思うが、この作品くらいになると、むしろ面白ければ良いと言うくらいの開き直りが感じられ読みやすく、持ち前の非常に高い文章力が素直に読み取れる。しかし、このシリーズでは妊婦のおなかには「亀腹」と「とがり腹」の二種類があるということが頻出し、それが推理の大きな決め手になったりするのだが、これは本当に存在する事なのだろうか。また、今回読んだ創元推理文庫版の解説は本当に寒気がするくらいの悪文で面白い。まるでこれはブログの文章の様だと、一人膝を打った。