小路幸也「HEARTBEAT」

HEARTBEAT (ミステリ・フロンティア)

HEARTBEAT (ミステリ・フロンティア)

記憶にところどころ欠落のある主人公が、高校生だった10年前に親友の女の子とした約束を果たすためニューヨークから帰国するが、彼女は現れない。この物語と平行して、あるお屋敷に住む小学生の男の子の物語が語られる。彼の母親は夫が事故で死んだ後屋敷に居づらくなり、離縁され屋敷を出た直後に病死したとされるのだが、突然幽霊となって屋敷のいろいろなところに現れ出す。この二つの物語が織り交ぜられ、現れない彼女の行方と幽霊の正体が明かされてゆく。

うーん、面白い。まず語り口が気持ちよい。淡々として切れが良く、文章の重みは無いがスピード感があり読みやすい。ストーリーも凡庸と言えば凡庸なのだけれど、でもやっぱり見たことのない世界が広がっている。おそらくそれは男の子が女の子を好きなように男の子を好きであったり、自分が感じていること、考えていることが実は全く自分ではわからなかったり、子どもたちは大人たち以上に落ち着いた心を持っていたりするような、実は結構自然なんだけど「あたりまえ」や「常識」の枠組みの中でしか世界を捉えない場合には見えてこない世界での人間のあり方を、この作家が上手く捕まえて見せてくれるからなんだろうと思う。しかし、この作家の作品はどんどん良くなっている。登場人物とか設定はある種現実的で生々しくなっているけど、物語自体の抽象度というか透明度はむしろ増している。新鮮で軽い雰囲気は伊坂幸太郎氏のようだけど、もっと直裁で生々しい感じ。こういう軽くて物語の力があって世界が回転してゆくような話を最近ちらほら見るけど、結構良いですね。伊坂、舞城、森絵都畠中恵米澤穂信さんたち、もうちょっとベテランだと矢口敦子さんなんかに共通した雰囲気だと思う。芥川なんか絶対取らないと思うけど、むしろ最近の受賞作よりかは重みがあるというか、読んだ後にズシンとくる感じがあって気持ちがよい。ちょっと前の伊坂幸太郎氏や、ずいぶん前の舞城王太郎氏の新刊を待つような気持ちで、次の作品を待ってます。