森絵都「つきのふね」

つきのふね (角川文庫)

つきのふね (角川文庫)

万引き現場を捕まったとき、逃げ出した親友の梨利をさくらは呼び止めようとしてしまい、彼女を裏切ったとの自責の念に駆られる。口をきかなくなった二人を、幼なじみの男の子の勝田はストーカーまがいの行動を繰り返しつつ仲直りさせようとする一方で、さくらと勝田は万引きをしたお店での事情聴取から助けてくれた智という店員と仲良くつきあうようになる。そんなとき街では連続放火事件がおこり、梨利は行状が悪化し続け、智は人類を救うための宇宙船の設計に没頭し始める。

幼なじみの二人の女の子と一人の男の子を巡る正統的な青春小説家と思ったのだが、どうもおかしい。救いの神にも似た現れ方をする智という青年が、物語が進むに連れ精神の安定を少しずつ欠いてゆき、ついには本格的な心の病に没入してしまう。この智という青年を如何に救済するかと言うことが登場人物たちの思わぬ使命となり、本当は救われたかった主人公のさくらや梨利や勝田たちの苦しみや葛藤が何か喜劇的などたばたのなかであっさり解決され、もしくは忘れられる、そんな話。「いつかパラソルの下で」が異常に面白かったので読んでみた本だが、やはり面白い。一気に読ませる力と、物語をいろんなところで次々に脱臼させ、思いもよらぬ展開を見せてくれるうまさがある。「パラソル」に比べると語り口がやや重く、遊びがないというか、開き直りにかける感があるが、それでも他の作品を読みたくなる出来でした。