目取間俊「魂込め(まぶいぐみ)」

魂込め(まぶいぐみ)

魂込め(まぶいぐみ)

沖縄の島々での戦争と死者と現在と記憶の混濁を描く短編集。魂(まぶい)を落としてしまい、意識不明のまま口の中に大ヤドカリが住み着いてしまった男の過去と記憶を巡る話(魂込め)、ブラジルに住んでいたことがあると自称する奇妙な爺さまと少年の話(ブラジルおじいの酒)、島の伝統的な部落に住む少年とその友だちの米軍基地の周辺に住む少年との妖しい交流(赤い椰子の葉)、闘鶏と暴力団と無力な父親とその少年を巡る暴力と悲喜劇(軍鶏)、死者を見ることができる幸薄い女性の語り(面影と連れて)、DVで父親と別れ母親も自害した過去を持つ青年と不思議な女性の話(内海)の計6編。

しかし、この人の語りには力がある。この人の描く過去や記憶は、決して現在形で生きる人間に重くのしかかるものではない。ここでは、現在と過去がおそらく一つの流れの中に溶かし込まれ、人は過去を思い出すように現在を生き、現在を生きることで過去が息を吹き返す。ある種、このような時制に対する脱構築が、沖縄を中心とした島々での戦争の記憶をも脱構築し、それが単なる悲劇で片づけられ、語られなくなることを拒む力となっている。「日本兵に殺された」という表現が多出するが、それは単に「日本兵」なる人々の残虐さのシンボルとして使われるのではなく、なにか僕らの世界の見方をぐるりと展開させ、簡単な定型化や図式ありきの理解の方法を緩やかに解体してゆく言葉として響く。と、つらつら書いたが、結局のところ物語がとても面白いのです。「面影連れて」なんてものすごくよくできたホラーだし。「ブラジルおじいの酒」は一番良かったが、これも単に少年から見た世界の描かれ方やおじいのほら話がとても面白い。しかししかし、この作家って読まれているのかなあ。雑誌「前夜」に連載はしているが、そもそもこの雑誌自体とても部数がでているとは思えないし。