創元推理文庫はとても素晴らしい作品を出してくれるのでとても好きなシリーズなのだが、その
博物学的な情熱のためか、たまにその趣味について行けないと思うこともある。この作品もそう思ったものの一つで、なんで今更こんなものをと首をひねってしまった。基本的には
叙述トリック一発ネタの世界である。この手の作風はいわば芸の世界で、どれだけ美しい芸をみせてもらえるかという点に全てはかかっていると思うのだが、本作では芸のための芸になってしまっていて、しかも表現があまり洗練されていない。刑事が取り調べにおいて殺人事件の被害者の女性を名前で呼び捨てにすることなど、叙述自体の方法が無自覚に既存の路線を踏襲しているのも、お約束という意味でこの手の芸事には必要なのかもしれないが、面白くない。おそらく単に趣味があわなかったということで、別にこの作品をことさらにけなすつもりはないのだが、なにかやはり時代がかりすぎている点と、表現が僕の好きではない傾向があり、そのあたりに違和感を感じているうちに小説の構成を理解しようとする気が失せてしまった。
