目取真俊「水滴」

水滴 (文春文庫)

水滴 (文春文庫)

(「水滴」、「風音」、「オキナワン・ブック・レビュー」の3編収録)

「水滴」:突然片足が冬瓜の様に腫れあがり、その親指から水が滴るようになった老人は、混濁する意識の中で、毎晩戦争で死んでいった兵士たちがその水滴を舐めにくる幻影に悩まされ、一方現実の世界では、彼の足から滴る水が奇跡の力を発揮し、それを利用し親戚の男が一儲けたくらむが、最後に失敗する話。

「風音」:鳥葬された特攻隊員の頭蓋骨が風に鳴る村で、その由来を知る老人と、頭蓋骨を撮影しようともくろむテレビ局の男が、ともに戦争の記憶を掘り起こしてゆく話。

「オキナワン・ブック・レビュー」:架空の新聞の書評欄を模した妙に喜劇的な小説。

いずれも沖縄が舞台の小説。「レビュー」以外は生者が戦争で死んでいった者たちの幻影に心乱される話。間違いなく戦争が主題の小説群であるのだが、登場人物たちはどことなく喜劇的で南国っぽい。戦争の話というのは、加害者/被害者のバイナリズムのなかでどちらかを無視するか、または慎重にバランスを取るような語られ方をされることが多く、特に前者の場合著しく公平性を欠くことが多い。一方で、この小説群では戦争は個人の物語として語られ、それは都合が良かったりなんとも情けなかったり、また不可解であったりする。しかし、なぜかその不条理さには腑に落ちるものがあるのだ。97年に「水滴」で芥川賞