大江健三郎「個人的な体験」

個人的な体験 (新潮文庫)

個人的な体験 (新潮文庫)

生まれたての自分の子供の頭部に異常があることを知った父親が、恐怖と混乱の中で昔の彼女の家に逃げ込み逃避をはかりつつも、最終的に自分の現実と向き合うことを選択する話。

大江健三郎らしく陰鬱で重苦しい。文章は初期の安部公房か、またはロシアの文豪のように、人物がどこか演技的で饒舌であり、それを取り巻く状況は奇妙に歪んでシュール。不条理劇を読むかのようだが、全体的な構成の精緻さのためか、最後まで非常に楽しめた。モラルのありかた、書くという行為を通じての自己の慰めと正当化の危うさを、極めて自覚的に把握し、批判的に物語の構成の肉付けとしている感がある。

しかし、咀嚼や糜爛や欺瞞や威嚇や嘲弄や萎縮や繃帯など、画数の多い漢字を多用する。とっても頭良いんだろうなあ。