野田昌宏 編訳:太陽系無宿/お祖母ちゃんと宇宙海賊 スペースオペラ名作選

太陽系無宿/お祖母ちゃんと宇宙海賊 (スペース・オペラ名作選) (創元SF文庫)

太陽系無宿/お祖母ちゃんと宇宙海賊 (スペース・オペラ名作選) (創元SF文庫)

名翻訳家にして編集者でもあった野田昌宏氏が、自らの翻訳作品で編集した「スペースオペラ名作選」。1972年にハヤカワ文庫SFより「太陽系無宿」と「お祖母ちゃんと宇宙海賊」として、2冊で出版されたアンソロジーを合冊して、新たに創元SF文庫より出版されたもの。<キャプテン・フューチャー>シリーズのスピンオフとも言えるグラッグの精神的混乱とそれとはあまり関係の無いロボットたちの反乱を描く「鉄の神経お許しを」にはじまり、危険な動物の跋扈する冥王星をそのまま月の地下にもってきて撮影された一大SF映画の顛末を描く「大作<破滅の惑星>撮影始末記」、まったくもって西部劇的な表題作「太陽系無宿」、お祖母ちゃんが宇宙海賊や治安維持部隊を手玉にとる「お祖母ちゃんと宇宙海賊」など、9編の冒険活劇を収録。


僕はあまりSFというジャンルには詳しくは無く、おそらくぽつぽつと読み出したのは中学生くらいの時で、確かフィリップ・K・ディックの「パーマー・エルドリッチの3つの聖痕」を読んでびっくりし、その後一連のディック作品を読みあさったくらいで、あとはなぜかJ. G. バラードを創元SF文庫で読みあさったくらい、このような「歴史的」なSFはほとんど知識がありません。例外と言えば本書にも収録されたエドモント・ハミルトンの<キャプテン・フューチャー>シリーズくらいで、これも創元SF文庫で再版されて初めて読んだという、ずいぶんと遅れてきてしまったSF読者なのですが、そのような読者からすると本書に収録された物語たちはあまりSFという感じがしないのです。それは、野田昌宏氏の訳文が基本的に(なぜか)べらんめい調のためかもしれませんが、全般的に黒澤明の娯楽作を見ているような、はたまた久生十蘭の捕物帖を読んでいるような、そんな気分にさせられてとても楽しめました。


しかしながら、「スペースオペラ」なるものもいったいいかなるものなのか、まったくわからない。いや、ハイラインとかある程度有名どころは読んではいるのですが、ではオーソン・スコット・カードは「スペースオペラ」に含まれるのかとか、なにか根本的なところがわかりません。本書を読んでそのあたりが少しはわかるかなと思ったのですが、結局よくわからない。


本書を構成する物語はおおむね第2次世界大戦前後に書かれているようで、基本的には明るく楽しく勧善懲悪的な世界が、「宇宙」という大味な舞台で朗らかに描かれます。しかし訳者の後書きに示されているそれぞれの作品の発表年をみると、大戦前は「太陽系無宿」や「サルガッソー小惑星」など、「がんばればなんとかなる」的でマッチョな物語なのに対し、大戦後はどことなく退廃の香り漂う「夜は千の眼を持つ」や誰よりもお祖母ちゃんがずるがしこい「お祖母ちゃんと宇宙海賊」、ロボットが神経を病んでしまう「鉄の神経お許しを」など、雰囲気が大幅に変わるように思います。


物語として面白かったのは断然後者で、「宇宙」というものが楽天的な将来予測を楽しく描けるキャンバスでは必ずしも無い、というかのような、微妙な著者たちの考え方が伝わるように思いました。他方、前者のあっけらかんとした語り口と、それでいながらもろくでもない人々を優しく描く筆致にも、とても暖かなものを感じたのですが。それらをひっくるめて感じられるのは、やはり野田昌宏氏の調子と歯切れの良い台詞回しや語り口調で、ここに至って「スペースオペラ」とは野田昌宏氏の訳した一連の作品群を、その根底に持つジャンルなのでは、などと感じたのでした。