山本弘:アリスへの決別

アリスへの決別 (ハヤカワ文庫JA)

アリスへの決別 (ハヤカワ文庫JA)

非実在美少女の単純「記憶」保持すら取り締まられるようになった時代の悲喜劇を描いた表題作を始め、 未来の日本人の小学校が「低IQ化」した過去を振り返る「リトルガールふたたび」、人間の存在が確率化した世界を描く「オルダーセンの世界」など、7篇を収録したSF中篇集。


「アリス」「リトルガール」が、いままさにおこりつつナンセンスな事態を笑い飛ばしながら笑い飛ばせないある種の危機意識を感じさせるのに対し、続く5篇はある意味純粋に物語の楽しさを感じさせるもので、どちらにしてもとても楽しめます。


面白いなあと思ったのは、存在が確率化した世界のなかで生きる人々を描いた「オルダーセンの世界」と、それと世界観を同じくする巻末の「夢幻潜行艇」でした。どちらも、共通認識としての世界は崩壊し、個人と共同体の認識の同調レベルのうえに世界が成り立っているという、これだけではとても物語が成り立つとは思えない、または成り立ったとしても作者の強引な語りのなかに騙されたような気になってしまうことが多いような設定ですが、さすが設定マニアの筆者だけあって、丁寧に世界を「設定」することで、力強い物語の世界をそれこそ読者と「共有」することに成功しているように思えます。


この世界の「共有」というのはずいぶんと曲者のような気がして、ともすれば読者の喜ぶ物を差し出すだけ、つまり意外性のまったく存在しない世界を、または作者の自己陶酔の世界に没入し、コアなファンしか受け付けない物語になってしがいがちだと思うのですが、「アリス」の気色悪さや「リトルボーイ」の不穏な雰囲気が示すように、筆者は極めて慎重に読者が持つと思われる「空気」のありように敏感で、なにか挑発的な態度を崩しません。そこが、本書の素敵なところです。


しかし、「オルダーセンの世界」は、「フェデッセンの世界」へのオマージュかなあ。似ているタイトルだなあと思っただけで、どんな話だったかはこれっぽっちも覚えていませんが。