ジョー・ウォルトン:暗殺のハムレット ファージング2

暗殺のハムレット (ファージング?) (創元推理文庫)

暗殺のハムレット (ファージング?) (創元推理文庫)

イギリスとドイツが単独講和を結んだ第二次世界大戦後期を描いた歴史改変推理小説第2弾。今度は、貴族社会から逃げ出して訳者の路を選んだ若き女優ヴァイオラと、またしても困難な事件を担当することになるカーマイケル警部補が物語の語り手を務める。


一人称で2人の登場人物が交互に物語を進めるスタイルは、今回も踏襲されています。また、一方の語り手でもある若い女性が、知らずと極めて困難な状況に追い詰められて行き、その内実をカーマイケルが明らかにしつつも様々なハラスメントをうけるという構図も前作同様。しかし、今回は物語が大きな展開を見せてゆくのです。


物語の発端は、ヴァイオラが男女役を入れ替えるという一風変わったハムレットの主人公に抜擢される場面からはじめられるのですが、芝居を準備をつづけているうちに、ヴァイオラはその芝居の初日に観劇に表れるというヒトラーとイギリスの首相の爆殺計画に巻き込まれるどころか、片棒を担がされる羽目になってしまいます。一方で、カーマイケル警部補はロンドンの隅で起きた女優宅での爆弾事件を調べるうちに、ヴァイオラが荷担させられる爆殺計画に肉薄してゆくことになります。


本書の面白いところは、歴史を改編しながらそれがまるで真実のように、歴史上の史実を引用しながら極めてリアルな世界を構築するところにあります。そこでは、大陸ではユダヤ人やロマ人種、そして同性愛者が強制収容所で文字通り死ぬまで働かされ、イギリスではそこまででもないけれどもユダヤ人と言うだけで犯罪者あつかい、そして同性愛は犯罪と見なされます。本作を架空の物語としてだけではなく、極めて力強い批判的物語として成立させている大きな要素に、前作の最後で明かされるカーマイケル警部補の同性愛指向や、今回の登場人物の1人でもある男の勤め先、ソロモン・カーン銀行の創始者の1人でもあるカーンがユダヤ人であり、前作の策謀によってイギリスを脱出しなくならなくなったエピソードなどが、本作のいたるところにちりばめられているように思いました。


本作でも、一方の主人公であるヴァイオラは極めて窮地に立たされることになり、カーマイケル警部補は自らの信条とは正反対の立場に立たされ苦悩することになります。ここにいかなる救いやカタルシスがあるのかと思わされるほど、本シリーズを覆う暗い雰囲気は濃厚なのですが、しかしなにか、読み手を物語に引き込んで離さないものがあります。それは、ありきたりではありますが、民主的に成立するファシズムの狂気であったり、そのなかでの個人個人の思いを、著者がつぶさに、そして丁寧に描き出しているところにあるようにも思えました。加えて、前作と本作を読んで感じたのですが、茂木健氏の翻訳も素晴らしいですねえ。


しかし、解説にもあるように、本作の一つのエピソードはタランティーノの「イングロリアス・バスターズ」を思い起こさせます。でも、物語の完成度と硬度は明らかにこちらの方が上でしょう。とにかく、完結編である第3部の刊行が待ち遠しくてなりません。