松浦晋也:スペースシャトルの落日

増補 スペースシャトルの落日 (ちくま文庫)

増補 スペースシャトルの落日 (ちくま文庫)

一般に「スペースシャトル」と呼ばれる、再利用可能な宇宙飛行船を中心とした一台システムが、いかに欠陥だらけの失敗作だったのか、またどのようにしてそのような欠陥だらけのシステムが生み出されてしまったのか、そしてその影響がどのように現在現れ出でているのか、極めて強烈に評したもの。


スペースシャトルと言えば、あのなんとなくペンギンを思い起こさせるフォルムとその最新鋭なイメージから、アメリカのNASAを中心とした技術の一つの最高結晶かと思っていたのですが、筆者はそれは大きなまちがいであり、実際は妥協と政治的配慮に技術的理性が敗北した具体例であると、一刀のもとに両断します。これが、とても具体的で説得力がある根拠と語られるため、なるほど、と思わされざるを得ません。


何をもってしてスペースシャトルを失敗作とするのか。著者は、まずシステム全体の設計思想に大きな誤りがあったためだとします。そもそもスペースシャトルは、それまでのアポロ計画のような一回きりの使い捨てではなく、なんども再利用可能で、結果として打ち上げコストを抑制することを、設計の中心的な目標としていました。筆者は、しかしそれは妥当性が無いものであったと説きます。その理由として、まずゼロからの開発を行ったため、それまでのノウハウや製造工程を利用することができず、結果として莫大な開発費を要することとなったこと。加えて、大きな目標を定めてしまってから設計をはじめたため、再利用可能であったはずの部分が開発しきれず、結局中途半端なものとなってしまい、結果として打ち上げコストを増加させたことがあります。


加えて、「再利用可能」であることが要求する性能に無理があり、例えばオービターと呼ばれる主要な部分の裏面は全面を耐火タイルで覆うという設計にせざるを得ず、スペースシャトルの安全性を著しく損なうことになりました。また、結果として高コストのプロジェクトとなったため、いちいち安全性を確認することができず、「飛べば良し」という状態での運用をつづけていたため、結果として耐火材が剥落し、スペースシャトルの裏面の翼に穴をあけ、大気に再突入時にプラズマガスがその穴から機内に流れ込み、空中分解という最悪の結果を招いてしまうことになります。


まあ、なんだか事情もわかるような気もしますが、本書はなかなか辛辣にスペースシャトルにまつわるさまざまなステークホルダーや、それらが決定プロセスに与えたネガティブな影響について、見事に描き出してゆきます。このあたりになると、本書はもはやスペースシャトルという一つのプロジェクトを対象にしたものとは思えず、公共工事や「国家的プロジェクト」など、大きなモーメントが働くプロジェクトにおける、マネジメントの困難さと失敗例を描き出したものに思えてきました。例えば、もう一つのスペースシャトル爆発事故を引き起こした原因を、筆者は問題の部分を遠隔地で製作し、運搬の都合上組み立て式にしてしまったことに求めます。これは、地元に利益を還元することを至上命題とするアメリカの政治家が、ユタ州スペースシャトル産業にまつわる金を流そうとした結果として生じたのではないか、それはつまり、政治の決定プロセスが技術の決定プロセスを踏みにじったことを意味するのではないか、そんなふうに著者は論じているように思えました。


まー、ちょうど野口さんも宇宙に居ることですし、なかなか良いタイミングで本書を読むことができたと思います。でも、僕は基本的には高所恐怖症だし、宇宙に行くよりは透明度の高い伊豆の海の方が魅力を感じるという人なので、そこまで宇宙に情熱を傾ける人がいる、ということを読み取るだけでも面白いものがありました。日本としては、こういう巨大なプロジェクトより、「はやぶさ君」みたいな渋いプロジェクトの方が、似合っているような気もします。さいきん「はやぶさ君」の扱われ方があまりにも擬人化されすぎ、ちょっと居心地の悪い思いをしたりもしていますが。