紺野キリフキ:はじめまして、本棚荘

はじめまして、本棚荘(MF文庫ダヴィンチ) (MF文庫ダ・ヴィンチ)

はじめまして、本棚荘(MF文庫ダヴィンチ) (MF文庫ダ・ヴィンチ)

東京に住む「とげ抜き師」の姉から、外国に行くので留守番をしてくれと山から呼び寄せられた妹は、姉の住んでいた「本棚荘」に住むことになる。そこにはとげを抜いてもらいに来る女性や、働かない猫遣い師、とげだらけの無職のサラリーマンや寝てばかりの大学生ヒナツさんなど、奇妙な人々が暮らすのだが、もっとも奇妙なのが主人公の女性なのである。


本作は連作短編集で、はじめの物語は姉にとげを抜いてもらいに来た夜の女性のとげを抜きつづけ、最後には抜けなくなるはなし。この物語は極めて物語られる物語がわかりやすく、ああ、落ち着いて読める作家だなあと思ったのだけれど、その後の展開がどんどんわからなくなる。人なつこい猫にもかかわらず人の悪い猫遣い師の物語は、いったい何が語られているのかさっぱりわからない。寝てばかりの大学生ヒナツさんはあまりに行動が奇矯にすぎ、会社に捨てられたとおぼしきサラリーマンはとげだらけ。なんだかさっぱりわからない。でも、とても良い。とても、こころが穏やかになる、そんな連作集でした。


心穏やかに、と書きながらもなんですが、読むにつれいったいこの主人公は誰なのか、どんどんと気になる不穏さを、本書は持ち合わせているようにも思えます。いったいいままでなにをしていたのか、「山」とはどこなのか、ほんとうにこの女性は存在するのか、そしてそれはけっして最後まで明らかにならないだろう、そんな気分に読みながら陥ったのですが、ほんとうに明らかにならなかった。


この雰囲気は、日影丈吉氏の作品にも感じられる幻想的なものなのですが、日影氏が徹底して不可解なる鋭さを追求しているとすれば、本作は徹底して不可解なる心地よさを、不可解なるものごとのある種の納まりを見事に描き出しているように思いました。また最後のエピソードなど、なにか漱石を思わせる懐かしい雰囲気をもつのだけれど、それだけではない、見事に非論理的な、なおかつカタルシスあふれる、そんな感覚に襲われるものでした。


味わいの似ている作家として、森見登美彦氏を思い起こさせるのは、なにか近代文学的な、ことばと物語の構成の絶妙な折り込みかた、それはすなわち物語に対する偏執的な執着を感じさせるためではないかと思うのですが、森見氏のような諧謔さが一切感じられないのにもかかわらず、本書は不思議とやわらかく暖かい手触りを感じさせます。この感覚はいったいどうしたことか、よくわからないので、本書の前に書かれたつまらない本しか置いていない図書館を舞台としたという「ツクツク図書館」を、すばやく読んで見なければ。


しかし、いつも思うのだけれど、書店員さんは解説を書いてはいけないのではないかなあ。なにか、強烈な違和感を感じてしまうのですが。解説自体が悪いというわけでは、けっしてないのですが。なんというか、もうちょっと超然とした立ち位置を、期待してしまうのです。