赤城毅:書物法廷

書物法廷 (講談社ノベルス)

書物法廷 (講談社ノベルス)

一つの国家の存亡に関わるような書物や文書をあらゆる手段を使って探し出すとされる「書物狩人」、そのなかでも特に秀でた能力を持つとされる銀髪の日本人青年ナカライが、さまざまな思惑にからみとられた書物を探し出すというシリーズ第3弾。今回はハワイの爆弾テロリスト、アルゼンチンのネオ・ナチ、アメリカの水爆、イギリスのチャーチル首相にまつわる書物を探し出す。


赤城氏のこのシリーズは、刊行が待ち遠しいものの一つでありまして、今回も書店で並んでいるのを見るやいなや購入してしまいました。そして、相変わらず期待を裏切どおり、心ゆくまで楽しめました。


本書は物語の中心に稀覯本が据えられているのですが、面白いことにどの物語を読んでも、それが「本」である必要を感じさせないということがあります。例えば貴重な宝石であったり、絵画であったり、もしくはデータの収められたマイクロチップであったり、要はそれがすごく大切なものであれば、本書の内容のような形式の物語は成り立ちうると思うのです。基本的には、その「国家の存亡をゆるがす」ような書物を、どのように主人公が手に入れ、なおかつそれによって依頼者を含んだ様々な人々を翻弄するかという形式の物語ですから。


ところが、やはり本書の醍醐味は「書物」を「狩る」という部分にあり、それは著者の書物に対する深い思い入れがあるからなのではと、特に後書きを読んでいて思わされました。主人公の振る舞いは、あるときは諜報機関の人間のようであったり、ネゴシエーションを行い人間のようであったりと、裏の世界のプロフェッショナルを思わせるものがあるのですが、そこに書物、または文字で書かれたものがすとんと落ち込み、ああ、これによって物語の世界が立ち現れてくる、そんな思いにさせられてしまうところが不思議でなりません。


しかも巻末の後書きを見ると、公文書閲覧室での昼食後の眠気や、そのなかでおこったちょっとしたエピソードなど、まるで研究者としか思えない記述が見られるのです。そこからは、著者が書物、もしくは文字資料にどうしようもなくとらわれてしまった姿がまざまざと思い起こされ、因果な人だなあと思いつつも、研究者としてはそうだよねえ、と感じさせられるところも大いにあるのです。当然、物語としてのバリエーションの豊かさや、エピソードごとに見事に変化する語り口と設定、そして切れ味鋭い筆の運びもはいつもながらのものが見られますが、やはり一番の本書の醍醐味は、著者の書物に対する深い思い入れにあるような気がさせられ、つい夢中になって読み進めてしまうのでした。