井上夢人:魔法使いの弟子たち

魔法使いの弟子たち

魔法使いの弟子たち

雑誌記者の中屋は、ある日突然上司から新型の伝染病が発生した病院の取材を命じられる。ところが、その病院は完全に封鎖され、近づくことすらできない。しかも、既に多数の死者が発生しているもよう。正面突破をあきらめた彼は役所の相談窓口に赴くが、当然のごとく取材は拒否される。そこで病院関係者の婚約者に出会った彼は、喜び勇んで取材を試みるのだが、なにかがおかしい。彼女、落合めぐみは、その伝染病に感染していたのである。濃密接触者である彼と感染者とおぼしき彼女はただちに病院の搬送されるが、二人とも発症し意識不明の重体に。気がついたときには10日が経過しているのだが、その病院の約百人の感染者のうち、生存していたのは彼と彼女と彼女の婚約者、そして婚約者が見舞っていた90代の男性だけ。彼らが昏睡状態にあるうちに、伝染病は猛威をふるい、数百人が死亡する事態に。そんななか、生き残った彼ら彼女らは、自らに超常的な能力が発生していることに気がつく。


井上夢人氏の新作と言うだけでも購入せずにはいられなかったのですが、むしろ一番の魅力はその題名にあります。「魔法使いの弟子たち」という、ある種魔術的なタイトルに惹かれたと言っても過言ではありませんが、その期待を裏切らない物語が展開される本書には、まあ、まんまとやられてしまったという清々しい心地よさを感じさせられました。


しかし不思議な物語でした。伝染病のパンデミックという、今日的な話題を軸に展開する物語と思いきや、主人公たちは隔離されながらも超常的な力を身につけ、科学的には説明のできない不思議な世界を生きることになります。それに加え、多数の感染者を結果的に生み出すことになった落合めぐみは、まるで病原菌のように扱われながらも自分の非科学的な能力を「芸」として活かすことを選択し、主人公である中屋は時間をさかのぼったり、将来を見通す能力を身につけます。もうひとりの生き残り、90代の男性興津に至っては、どんどん若返るという信じられない現象を体現しつつも、それだけではない不穏な力を持っているらしい。これらの極めてシュールな設定が、物語の中にすとんと落ち込む力強さは、まさに井上夢人氏の構想力の豊かさを示しているように思えて成りません。


一方で、よく読んでみると様々な伏線が張られているようで、その実態は最後まで判然としないま進行します。これが作者の計算であったのか、それとも物語が勝手に走り出したのか、僕にはよくわからないのですが、おそらく後者なのではないかなあ。だって、必ずしもきれいに収束するとは限らない伏線や、確かに驚愕するけれどもどことなく構築感のない構成にもかかわらず、主人公たちの思いや行動にはなにかのびのびとした、そして充分に振り切ったと思わされる勢いの良さが感じられるからです。多分に描写が柔らかすぎる気もするのだけれど、最後の終わり方は「デビルマン」を思い起こさせ、それもまた楽しめました。