池澤夏樹:異国の客

異国の客 (集英社文庫)

異国の客 (集英社文庫)

フランスはフォンテーヌブローに移住した著者が、生活のさまざまなことどものなかに見出した発見を綴ったエッセイ集。


須賀敦子氏によれば「心優しき」作家の、創作を読もうと思ったのだけれど、本書の表紙に惹かれてエッセイながら購入、でもやっぱりとても素敵な文章を楽しめました。僕は池澤氏がどのような住居生活を送ってきたのかよくわからないのだけれども、どうやら北海道生まれでその後ギリシャに住んだ後沖縄で過ごし、そしてぶわっとフランスに移住したらしい。この勢いのよい住み方をまさにことばに表したような、瑞々しい生活の楽しさが本書には溢れています。


読みはじめてまず素敵だなあとおもったのが、すむことになった住宅の記述で、どうやら地上部分は18世紀、地下部分は16世紀に作られたらしい。それを、著者は以下のように記述します。


「ともかく十八世紀、しかも地下室は十六世紀だ。」


このことばのつらなりの美しさに読み進む手が止まらなくなった僕に、著者はたたみかけるように様々なフランスの小都市の有り様を語ります。それは、おそらくフランスに住んでいる人にはあたりまえなのかもしれないけれど、ある一定の間隔で開かれる市場(マルシェ)、中心部での駐車の困難、冬のある日の森でのこどもとの遊び、キノコの料理方法など、楽しくて楽しくてたまらない著者のことばの弾みを感じられる文章は、こちらもついうっとりとした気分にさせられてしまうのです。


と同時に、著者はやはりフランスという日本の外側から、日本の見つめる視点をだんだんと強くしていきます。それは、高校生によるデモ行進のような、日本とフランスを比べるというよりは、フランスのあり方にあっけにとられるような気分からはじまるのだけれど、それがジャーナリストの拉致と解放のエピソードにいたると、日本とフランスを比べることは本意ではないとしながらも、やはりもどかしい思い、もしくは歯がゆい思いを紙面に連ねて行くのです。著者の思いがどうあれ、ある種フランス生活を楽しんでいた僕に、このような局面を違和感なく伝える著者の文章には、むしろ極めて技巧的な側面を感じさせられ、それも含め本書の襞の厚さというか、丁寧な掘り下げ方を思わされました。


でもやっぱり、本書の素敵なところは、著者の恥ずかしくなるくらいのものごとに対する感じ方の敏感さにあるように思います。おもうに、これは別にフランスでも沖縄でも、どこでもよかったのではないか。このまなざしから見える、ものごとの切り取り方は、地理的な違いよりは、現実を見つめる視線のあり方によるのではないか、と思わされました。それは、けっしてフランスにいますぐ移り住むことが可能でない僕の生活からみたうらやましさではなくて、日々の生活の様々なことどもを、どのような角度で切り取るかということ、その大切さを本書が教えてくれているからだと、思えてならないのです。