レイモンド・クーリー:テンプル騎士団の古文書 上・下

テンプル騎士団の古文書 〈上〉 (ハヤカワ文庫 NV ク 20-1)

テンプル騎士団の古文書 〈上〉 (ハヤカワ文庫 NV ク 20-1)

テンプル騎士団の古文書 〈下〉 (ハヤカワ文庫 NV ク 20-2)

テンプル騎士団の古文書 〈下〉 (ハヤカワ文庫 NV ク 20-2)

ニューヨークのメトロポリタン美術館での「ヴァチカンの至宝」展のオープニングに、なぜか中世の騎士の格好をして馬に乗った4人の不審者が侵入、警備員を一人斬り殺すなど悪質な犯行に及んだ上、展示品をめちゃくちゃにして強奪、逃走する。その場にたまたま居合わせた女性考古学者は、略奪者たちがテンプル騎士団の扮装をしていること、また略奪された品物のひとつがテンプル騎士団が使用したと思われる暗号製作装置であったことに着目し、ラディカルな事件の解決を考案するもFBIには馬鹿にされ、その反動からか極めて無鉄砲な探索の旅に打って出る。


東京駅で少し時間があって、丸の内オアゾ丸善に立ち寄ったのですが、さっと見たところ僕の大好きな作家たちの新作は見つからず、なにを購入しようか迷ってしまうのだけれど、こんどはどんどん約束の時間が迫ってきます。そういえば最近、フィデルマシリーズなど中世を舞台にした物語に当たりが多いなと思い本書を発見、「ダ・ヴィンチ・コードが書ききれなかったテーマに正面から挑んだ心意気 とんでもない作家が現れた!」という帯の煽り文句にはダ・ヴィンチ・コードを読んでないからかまったく惹かれなかったのだけれど、2作目も上下巻文庫で出版されているからには面白いだろうと思い購入、しかしやっぱり、本はある程度読んでから買った方がよいと思わされる結果となりました。


えーと、物語の中核は基本的にはキリスト教の成立と解釈にまつわる「謎」に関する事柄なのですが、そもそもこれってここまで物語を引っ張る力がある構想かなあ。新約聖書の成立に関し、すべての騒ぎを引き起こした張本人が語る「真実」は、そんなに大したはなしには、僕には感じられませんでした。また、この「謎」とテンプル騎士団との関係も、ある意味物語を読む上では読者は知る必要はなく、あんまりわくわく感が感じられないのです。すると物語の牽引力はその語り口や展開の妙に期待されますが、これはけっこう調子が良いため、すいすい読むことができます。しかし、なにか虚しい。


また本作品の大きな難点は、登場人物たちに徹底して職業倫理が感じられないところにあります。主人公の考古学者の行動は、これはもはや常軌を逸したものとしか思えず、学者は足を洗った方が良いのではと思わされます。これに振り回されるFBIの捜査官もひどいもので、むしろあなたが捕まる方なのではと、読んでいてはらはらさせられてしまう。この騒動の中心人物が、ある意味悪逆非道なのは悪者なので問題ありませんが、ここまで職業倫理を失った人たちに、まったく共感することができないのが、面白いといえば面白い読書体験ではありました。


一番面白かったのは、むしろ著者の経歴でした。レバノン生まれでベイルートの大学で建築を学んだ著者は、レバノン紛争を受けロンドンに脱出し、その後フランスでMBAを取得後ロンドンの投資会社に3年勤務、そしてテレビや映画のプロデュース業も行うかたわら執筆までしてしまうという、本書で描かれる主人公たちよりはるかにスーパーな存在のように思えます。そう思うと、本書はアメリカ人の「陰謀論」好きとキリスト教好きを丁寧に分析し、どのようなものが商業的に成功するか、巧妙に練り上げられて作られた物語のような気もします。などと、考えさせられるところは面白いのだけれど、読書の喜びの本質ではないような気がすることも、また確かでした。