長谷敏司:あなたのための物語

あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

宇宙での作業中に手足を失った人のために、義手や義足と脳神経をナノマシンでつなぐITPという技術を確立し大金持ちになった主人公の女性は、その技術を応用して疑似人格をつくりだす研究に着手する。その直後、突然彼女は難病を発症し、あと半年の余命との宣告をうける。それでも研究を続ける彼女は、疑似人格とのなにか人間的なやりとりをかわすなかで、自分の運命を受け入れることができずに苦しむはなし。


面白かったです。はじめに主人公が死を迎えるエピソードが配置されるという、なんとも気の滅入る構成ではあり、物語としても救いがあるとは言い難い道筋をたどりますが、それでも楽しかった。


基本的にぼくはこのようなカタストロフに向かって進んでゆく物語は受け付けないのですが、なにか本書にはそれとは違う良さを感じました。まず、物語全体の構成が良い。自分の研究に固執したためにスタッフを全員引き下げられた主人公は、延々疑似人格とのみ会話をしながら研究をつづけます。すなわち、このあたりの文章には、疑似人格との会話以外は、すべて地の文で物語が展開するという、なんとも地味な展開をみせます。また疑似人格との会話がほとんど無いものだから、基本的には神の視点から語られる三人称の文章が延々続く。言葉は悪いかも知れませんが、読めば読むほど作者の不思議な感性が感じられて実に気持ちよいのです。


また、なんというか、この物語の「目的」、つまり何が作者が言いたいのかと言うことが、わからなそうでわかるというか、わからないところが面白い。おそらく、中盤あたりに本書のクライマックスがあり、そこから徐々に坂を下るように静かな雰囲気に包まれてゆく、この構成には、結局とても感動させられました。しかし、不思議な作家さんですね。はじめはマイケル・チャンの「あなたの人生の物語」かと思ったのですが、ある種似ているようでとても違う。こちらの方がぜんぜんお勧めです。