柳広司:ダブル・ジョーカー

ダブル・ジョーカー

ダブル・ジョーカー

第二次世界大戦中、密かに組織された諜報組織「D機関」の策謀を描いた前作のつづきもの。今回は、「D機関」に対抗すべく組織された「風機関」と「D機関」とのだましあいを描く「ダブル・ジョーカー」、慰問団にひそむ保安要員の特定に悩む、前線で働くロシアのスパイである医師を描いた「蠅の王」、暗号作成要因として軍に雇われインドネシアに赴任した青年が巻き込まれた騒動「仏印作戦」、「D機関」の創設者結城の若き頃の活躍を描く「柩」、「D機関」からロサンジェルスに送り込まれた青年の直面した現実を描く「ブラックバード」の5編収録。

前作の「ジョーカー・ゲーム」は、正直言って柳広司氏の作品とは思えない、なんとも寂しい気分がしたのを憶えています。物語としては抜群に面白かったのだけれど、これまでの作品で一貫して描かれてきた、現実と虚構の世界のいりまじり、そして虚構の世界が現実の世界を浸食してゆくことで、なにが真実かという問いを読者につきつける、そのような迫力と気迫が、余り感じられなかったからです。本作はというと、これもそれほど直裁に作中世界がぼくの目の前の真実を揺さぶってくれるようなものではないと、はじめは感じられました。ところが、読めば読むほど、なにかおかしい。

読み終わってなんとなく納得したのは、柳氏は諜報機関と戦争という二つの手段を使って、これまでの試みをエンターテインメントとして読者に提示してみる、そんな試みをしているのでは無いかということです。スパイ組織を主題とした物語は、自然とだましだまされる世界、なにが正しいのか、読者にも物語の登場人物にも判然としない状況を生じさせます。と同時に、そのような物語は当然戦争下というすべての価値観がキャンセルされた世界で展開される。その物語に自然に生じる空隙に、読者を放り込んでみた、そんな小説のような気がしてみました。

しかし、やっぱりはちゃめちゃに面白いですよ。28日を心待ちにしていたので、出張先にもかかわらず発売日に購入、その日の内に読み終わりました。ほかにしなければならないことを放り出しても読み続けたくなる、そんな作品です。「柩」はちょっと作りすぎている気がするけど、「ブラックバード」なんて、最高。何らかの今年のミステリ賞に輝くことは間違いないでしょうね。