門井慶喜:おさがしの本は

おさがしの本は

おさがしの本は

こよなく本を愛するが故に図書館で司書として働くことを夢見た青年は、まんまと公務員試験を合格し、図書館で働くことになったのだが、7年もするとその役所的な体質に自分から嫌気がさしてしまう。そんなとき、いくつかの出来事が立て続けにおこり、青年は自らの仕事にいままで以上の価値を見いだすようになる、そんなおはなし。

最近読んだ「雄弁学園の教師たち」が滅法おもしろかったということもありますが、主人公が図書館司書で、帯に「極上の探書ミステリー!」と書かれているだけで、買わないわけにはいきません。本書はいくつかの連続した中編集ですが、はじめの話は大学で調べ物をする短大生とのやりとりを描いたもの。このあたり、文体の切れ味が素晴らしいのです。森林太郎を「シンリン太郎」と読む彼女を追い返した彼は、閉架へと向かう。
「浅学非才の徒をいったん追い返してしまうと、隆彦は持ち場を同僚に託し、奥へ入った。職員専用の階段で一階へおり、正面の鉄扉をあければ貸出・返却カウンターのうしろへ出る。しかしそのなかへは踏み込まない。腕だけをのばし、壁ぎわに置かれたブックトラックの三段目から、四冊の本をひっさらう。体の向きを変え、踊り場のむこうの扉をあけ、閉架書庫へ入る。おなじ幅、おなじ高さのクリーム色のスチール製の本棚が、左右へ、奥へ、どこまでも列を作るさまは一点消去の遠近法のお手本のようだ。」

こんな感じで、たんたんとしつつも実は粘っこい描写が続きます。この、図書館の内部を描写しているところだけでも、建築計画研究者としてはぐっときてしまう。その後、子どもの頃に子ども図書館に置き忘れた「赤富士」が表紙の絵本を探したり、亡くなった夫が返し忘れた「ハヤカワの本」を特定したりと、図書館司書としての腕の見せ所が連続します。

しかし、お話のもう一つの大きな軸は、経費削減から図書館閉鎖を企む役所と、そこから送り込まれた副館長(後に館長となる)との、隆彦の攻防でもあります。最後の方は、二人の図書館の意義に関する論戦に発展し、「雄弁学園」をうっかり思い出してしまった。このひと、ほんとうにこういう議論形式の論理展開が好きなようで、次作はなにが舞台となるのか、とても楽しみです。