貴志祐介:新世界より 上・下

「呪術力」をひとびとが身につけたため、破滅的な厄災を経験し人口が激減した日本では、電力を使用しない近代以前のような生活を行うようになった。同時にひとびとは、「バケネズミ」と呼ばれる人語を解する動物を使役しながら、こどもの教育にもっとも重きを置く社会秩序を発展させた。主人公である少女は、そのなかで安らかにすごしつつも、人生のいくつかの局面で強烈な違和感を感じる。そしてその違和感の元凶となる社会の裏側の仕組みが、ある壮絶な事件のなかで明らかになってゆく。

上下巻あわせて四千円弱という値段におそれをなしていままで手に取っていなかったのですが、あまりにも評判が良く、文庫化もすぐにはされそうもないので、いまさらながらと思いつつ購入しました。案の定、上巻を数頁読んだだけで、見事に物語の世界に引き込まれてしまった。

とにかく、この「世界」がとても良く作られているのです。現在はあたりまえの技術や文物が忘れられてしまった世界で、それらを想像する主人公たちの描写も楽しいし、世界を構築するさまざまな、不必要と思えるほど作り込まれた風習や制度も素晴らしく、しかもけっしてわざとらしさや馬鹿馬鹿しさを感じさせない。これは、作り込みの激しさにもよるとも思うのだけれど、作者のどこか哀愁を感じさせる、滑らかで無駄なく美しい語りにも、拠るところが大きいのではと感じました。

やっぱり、こういう壮大な法螺話というか、真剣な嘘って、読んでいてほんとうに幸せな気分になります。物語の雰囲気としてはどこか既視感があるなあと思っていたのですが、下巻の中程まで来て思い出しました。椎名誠氏の「アド・バード」だった。動物たちのグロテスクさや名前のつけかたなど、どこか通じるものを感じます。また、殺伐とした舞台で物語が繰り広げられるくせに、なにか郷愁が漂うというか、懐かしい感じがするところが良い。「アド・バード」も良い小説だったなあ。

新世界より (上)

新世界より (上)

新世界より (下)

新世界より (下)

アド・バード (集英社文庫)

アド・バード (集英社文庫)