山田風太郎「妖異金瓶梅」

妖異金瓶梅―昭和ミステリ秘宝 (扶桑社文庫)

妖異金瓶梅―昭和ミステリ秘宝 (扶桑社文庫)

中国の奇書「金瓶梅」に材を採った隠微な犯罪小説集。常時妻を7人ほど囲う富裕な豪商でもあり官職も持つ西門慶の友人であり、たいこもちとして彼にたかろうとする応伯爵という男を探偵薬として、西門慶の夫人の一人がライバル達に仕掛ける陰湿かつ激烈な犯罪の数々を暴いて行くはなしなのだが、自分もその夫人に心から惚れ込んでしまっている応伯爵は、犯罪を本人に読み解いて聴かせるだけでそれ以上のことはせず、むしろ隠蔽作を練る。

新しい小説に食傷気味でもあり、しかもあまり楽しめるものに出会わなかった日が続いたので、気分を変えてまだ読んでいなかった山田風太郎氏の代表作でもあり、非常に評判の高い作品を読んでみたのだが、やはり物凄い。行われる犯罪は陰湿きわまりなく、自分をさしおいて西門慶に気に入られた女性を次々に謀殺して行く夫人の話は、鬼気迫るものがありまた極めてグロテスクでもある。しかし、それでも楽しく読めてしまうのは、山田氏の風のように爽やかで、かつきめ細やかで刻み込むように綴られた文章の美しさに原因があるのだと思う。これは一体どのように書いたのだろうか不思議になるくらいの文章で、何も気にせず書き飛ばしてもこれくらいの美しい文章が書けてしまうのか、それとも推敲に推敲を重ねじっくりと書かれたものなのか、読んでいる感覚としては間違いなく前者なのだが、それにしてはやはり完成度が高すぎる。しかも、物語全体の構成も見事である。西門慶とそのとりまきたちの美しく嘆美な世界にはじまるのだが、死屍累々たる物語が進むに連れ西門慶の周りには不吉な出来事が多発するようになり、物語終わり前には西門慶が死んでしまう。それでも物語はさらなるカタストロフに向かって突き進み、最後には全てが崩れ去る。この身も蓋もない、一体今までの物語は何だったのだろうかと思うくらいの暴力的な展開は、かえっていままでの陰惨で血みどろの雰囲気を一気に吹き飛ばしてしまう。発表されたのは昭和28年から38年にかけてとのことで、下手をするとほぼ半世紀も前の作品群だが、今読んでも読み応えのある小説でした。