中島隆信「障害者の経済学」

障害者の経済学

障害者の経済学

「同情や単純な善悪論から脱し、経済学の冷静な視点から障害者の本当の幸を考え」たという本。

日経のなんとか賞を受賞したとのことで購入、ソフトカバーで1500円というところに少し悪い予感はしたのだが、読んでみてその予感は的中、経済学をベースとした理論的研究書では全くなく、経済学者が書いた障害者に関するエッセイでした。また内容が多少くせ者で、いかがわしい表現が頻出する。曰く、「経済学を障害者研究に適用することの利点は経済学の中立性である。経済学は特定の人の利益には与しない」「経済学は単純な善悪論を採用しない」、等々。とても信じることはできないが、そもそも本書では経済学の理論が展開されていないので、正直なんとも分からない。内容的にはまあまあそうですか、と言えるような内容が並んでいて、基本的にはリベラルな物の見方をする人ですねえと言った程度、初心者への啓蒙書には適当な内容かも知れないが、それ以上のものでは全くなく、経済学的な考察も見られないのでいらだたしいことこの上ない。「経済学」などと言わず、当事者の子どもを持った親として、自分の専門性を多少生かしながら書いたエッセイと言っておけば良かったのだろうが、どうもその辺がはっきりせず、良い本ではあるのだが腹立たしい。しかも、この中で述べられている「経済学」の原理が、また極度にナイーブなんだよなあ。たとえば介護保険の民間サービスに関して経済学の理論に立って言えば、不良な業者は自然に淘汰され(誰もそのサービスを利用しないので)優良な業者しか残らないらしい。しかし、それは全くそんなことにはならず、むしろその逆の現象が起こると言うことは、現場にいれば誰もが直感的に分かることであり、むしろ経済学者にはそのメカニズムを検証してもらいたいのだ。全編にわたってこのようなナイーブな理屈が展開されるため、なんとも不思議な気分になってしまう。著者は当事者の親であり、現場の空気もそれなりに分かってはいるはずだ。しかし、なぜこんなに感覚が鈍いのか。学者をやっていると、こうなってしまうのだろうか。こんな記述がある。「重度障害者は一般に長く生きるのは難しいと言われる。前の日まで元気だったのに、突然亡くなってしまうことさえある。まさに毎日毎日を懸命に生きているという感じである。こうした人たちの生きる手助けをしているという自覚は、職員にとって生命の尊厳を再認識させ、仕事のやりがいにつながるだろう。」こういう無責任な発言が現場の職員を地獄に引き込むことになるんだよね。現場の職員の給与や勤務時間を知っているのかなあ。知らないだろうなあ。伝聞ばっかりで書いているから、こんな適当な事が書けるんだよね。全体的な議論のトーンとしては応援したい雰囲気でもあり、ところどころでは良いことも言っているのでなんとも残念である。今後はもう少し根拠と実感を持って、しっかり筋道の通った主張をしてもらいたいものです。