小川一水「天涯の砦」

天涯の砦 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

天涯の砦 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

事故によりその構造的主要部分が大破した宇宙ステーションはばらばらに分解されてしまうのだが、その一部に取り残され宇宙を漂流することになった生き残りの人々の醜い争いを描いた話。

確か「老ヴォールの惑星」を読んで、これがベストSF2005第一位ならば、標準的SF読者と僕の趣味というのは全く接点がなさそうだなあと思ったことを憶えていたのだが、そういえばこの作者の長編を読んだことが無かったので、新刊のこの本を購入した。のだが、長編においても僕の趣味とは合致したものを見出すことは難しかった。文章はそれなりに密度は高く、無駄に改行の多い切れ切れの会話文が本の半分ぐらいを占めていて、この空白部分になぜ僕はお金を支払わなくてはならないのかと憮然とした気持ちになることはない。物語も様々な要素がちりばめられ、少なくとも飽きさせることはない。一方で僕の趣味ではないなあと感じられてしまったのは、これは原則的にはホラー小説なのである。つまり、思わず目を背けたくなるような描写を、如何に効果的に配置するか、ということに力が注がれていると感じられ、それは物理的設定にも、また登場人物の性格設定的にも表れている。まあそれならそれで読み飛ばせば良いのだが、なんとも腹立たしいのはその極めて不自然に設定された登場人物たちがグロテスクな争いを繰り広げる一方で、物語的には極めて円満にそれぞれの登場人物が和解を遂げてしまうと言うことなのだ。ここにいたってグロテスクなのは物語の有り様だけではなく、作者の発想のあり方であったと気がつかされた。これがベストSF2006の第一位にでもなったしまったら、もう僕はどうしたらよいのか。