J. G. バラード「終着の浜辺」

終着の浜辺 (創元SF文庫)

終着の浜辺 (創元SF文庫)

日本人以外の作家で誰が好きかと言えば、「ニューロマンサー」のウィリアムス・ギブスン、「ホワイトライト」のルーディ・ラッカー、「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」のフィリップ. K. ディック、そして、誰よりもこのJ, G. バラード。そのなかでも、僕が一番好きな短編集は、お約束のように絶版になって手に入らなかったのだが、このたび復刊フェアで再版された。これにはしびれた。

死刑を宣告された男が監視の男と生活を営む「ゲームの終わり」、識閾下に働きかける宣伝をモティーフにした「識閾下の人間像」など、短編を集めたものだが、この本では「ヴィーナスの狩人」だけを読んでもらえれば良い。宇宙探査を行う研究所に派遣された学者が、宇宙人との遭遇を体験した男と不思議な遊興をつむぎ、最終的にはその男が宇宙人と遭遇する場に居合わせることになる。しかし、物語は異常にうねりさまよい、簡単な答えを示してはくれない。バラードは宇宙という「外側」ではなく、人間の内部にさらなる物語を求めた、インナースペースのSF作家と呼ばれるが、僕にはそうは思えない。彼は、人間の認識と「事実」というもののすれ違いと、そのすれ違いを体験してしまう人間とを真剣にみつめ、その悲劇的な有様を大きな共感を持って描いている。ジャンル的な作家と言うよりは、むしろ単に文学的なのだ。彼の言葉と、それが紡ぎ出す物語は、決してジャンルの評価軸で評価出来るようなものではなく、それはそれとして、ズシンと来る良さを持っている。この小説はずっと探していたものだが、今回こうやって手に取れたと言うことは、本当に幸せな事だった。おそるおそる、昔の記憶がまさに幻想だったらどうしようと思って読んだのだが、やはりとても素晴らしかった。こんな本が店頭で買えるなんて、日本の出版事情も捨てたものではない。